【驚愕】元人質「拘束状態より、バッシングの方がつらい」→ その内容が・・・・・・


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1 2018/10/30(火) 17:17:26.05 ID:0tnJSuYM0 BE:878978753-PLT(12121)

猿田佐世「安田純平さんへの自己責任論がイラク人質事件の時より悪質になった理由」

自己責任論が最初に日本社会に強烈に広まったのは2004年のイラク人質事件の時だった。

2004年の時、空港で本人たちの姿が見えたとき、少なくない大手メディアが遠くから発した言葉は「お帰りなさい」「よかったですね」ではなく、謝罪を求める言葉であった。3人の帰国直後、体調を崩している本人たちに代わって家族の会見を行うこととしたが、その家族の会見でも、「謝罪はないのですか」というのが大手紙記者からの最初の質問であった。

会見できないでいる本人たちに対し、マスコミからの強い要望が続き、実際に、記者会見を開催したのが、帰国の12日後。比較的体調の落ち着いていた今井さんと郡山さん、そして弁護士による会見となった。集まったメディアの数はもう忘れてしまったが、150人以上はいたように思う。今となっては弁護士が代理人として当事者に代わって記者会見を主導することも珍しくないが、当時は弁護士が取材や会見対応をすることについてのメディア側からの反発も強くあり、「なぜ弁護士がいるんだ」との反応もあった。続いて受けたテレビ出演でも、本人に向けて、「謝罪の言葉は?」と質問がむけられた。

彼らの自宅には大量のハガキ・手紙が届いていた。「バカ」「死ね」「自作自演」「帰ってこなければよかったのに」という非難の手紙はことごとく匿名で、他方、「おかえりなさい」「ありがとう」という応援の手紙は皆、実名が記載されていた。

アメリカのパウエル国務長官(当時)の「イラクの人々のために、危険を冒して現地入りをする市民がいることを、日本は誇りに思うべきだ」との発言は、大きな支えとなった。

今井さんなどは、帰国後、知らない人に後ろから突然殴られたこともあるという。3人は、イラクでの拘束状態よりも、帰国後の日本のバッシングの方がつらいとすら口にしていた。

https://dot.asahi.com/dot/2018102900060.html?page=3


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Source: エクサワロス


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